「日中友好宗教者懇話会 北京・福建省参拝団」
<報告・4日目>

<4日目> 8/29 「泉州開元寺」参拝&泉州市内散策

この日の天気は薄曇り、気温28度の大変過ごしやすい朝でした。一行は午前9時30分にチェックアウトを済ませ、バスで再び福厦高速路に入り、泉州へと向かいました。福厦高速路は、東北地区の瀋陽市から海南島までの3,700キロメートルに及ぶ中国の南北間を結ぶ「瀋海高速路」の一部分となっています。東西間の最長高速路は、江蘇省から新彊ウィグル自治区までの4,300キロメートルで、中国全土の高速道路総延長距離は米国に次いで世界第二位とのことです。
沿線の右側には緑の丘陵とともに、ライチや龍眼といった果実のなる木々が一帯に植えられ、所々に福建式特有の立派な赤瓦・煉瓦造りの4、5階立て住宅が点在していました。沿線の左側には、最も狭いところで幅131キロメートルと言われる台湾海峡の沿岸が見え隠れしていました。福建省の海岸はその大部分が岩石で曲折しており、天然の良港が多く、また、沿海には大小合わせて300以上の島々があるとのことです。


泉州開元寺


午前11時、一行は泉州市に到着し、「泉州開元寺」へと向かいました。開元寺は泉州市の西街に位置し、福建省の中でも最大規模を誇る仏教寺院です。686年(唐朝垂拱2年)に建てられ、かつては蓮花寺、興教寺、竜興寺という名でしたが、738年(唐朝開元26年)に現在の開元寺と改名され、現在、全国重要文化財に指定されています。宋・元代には開元寺は分院が120箇所あり、常に一万人ぐらいの僧侶が居ましたが、現存するのは十分の一か二で、面積は約45ヘクタール。開元寺の中軸から南に至るまでの建築群は、目隠し用の塀・紫雲塀、山門の天王殿、大雄宝殿(又の名を百柱殿)、甘露戒壇、蔵経閣、東西塔の順となっています。大雄宝殿は垂拱二年から建設が始まり、紫雲大殿と名付けられましたが、何度も倒れてはその都度修繕され、現存するのは明朝の重檐歇山式建築です。

寺の両脇には長い回廊があり、東側には檀樾祠、準提寺、東璧寺。西側には功徳堂、尊勝院があり、これは後に水陸寺と改め、現在は「弘一法師記念館」に改築されています。西の回廊の外側には、唐代に植えられた古い桑の木が一株あり、二つの回廊の外側には東西二つの塔が空高く対峙しています。東西の塔は中国に現存する一番高い木に見たてた構造の楼閣式石塔で、泉州華僑の里のシンボルとして全国重要文化財となっています。東の塔は鎮国塔と言い、860〜865年(唐代咸通元年から6年まで)に建設が始まり、もともとは九階建ての木塔でしたが、1277年(南宋宝慶3年)に七階建ての煉瓦塔に修繕され、1238〜1250年(南宋嘉熙2年から淳佑10年)に現在の五階建ての石塔に改築されました。西の塔は仁寿塔と言い、916年(五代梁貞明2年)に建設が始まり、初めは七階建ての木塔でしたが1227年(南宋宝慶3年)に煉瓦塔に修繕、1228〜1237年(南宋紹定元年から嘉熙元年)に現存する八角五階建ての木に見たてた楼閣攅頂式建築に改築されました。高さは東の塔が48.27メートルで、西の塔が45.05メートル。二つの塔は須弥座、塔全体、塔を覆う内外全てにおいて白い御影石を使い構築されています。


泉州開元寺


一行は、ここでも泉州市宗教事務局副局長の黄佳勇氏、泉州市仏教協会副会長の呉松柏法師等、寺院関係者の暖かい歓迎を受けました。李賀敏氏の紹介で互いに挨拶を交わした後、一行は寺院の説明を受けながらガジュマルの大木が茂る境内を進み、大雄宝殿の前で記念撮影を行いました。厳粛な雰囲気の殿内には光輝く黄金の仏像群が安置されており、一行はここでも早速、経を唱え、参拝しました。ここの大雄宝殿の天井には大変珍しい楽器を持った数多くの飛天が向かい合わせになって取り付けられていました。


泉州開元寺


樹齢千年と言われる桑の木、孫悟空のモデルとなった彫像のある高さ45.05メートルの西の塔、更に日本との縁の深い律宗の祖師を紹介した「弘一法師記念館」を見学した後、貴賓室に案内され、懇談の場が設けられました。ここでも、中尊寺大寿院所蔵の『宋版経』について話題となり、同寺院にも福州蔵の経典が収蔵されているとのことで、今後、改めて中尊寺と連絡を取りながら、『宋版経』の研究を進めていくことが確認されました。


泉州開元寺

 

午後0時半、開元寺での参拝を済ませた一行は、泉州市内のホテル「緑色旅遊飯店」内のレストランで昼食となりました。ここでの昼食は泉州市仏教協会の接待で、アルコール抜きの精進料理でした。福州での精進料理とはまた一味違った珍しいメニューもあって、一行は精進料理の奥深い伝統の味を堪能していました。一行は、ここで仏教協会側の手厚い持て成しに感謝しつつ、お別れをしました。


昼食


午後2時、昼食を終えた一行は、当初予定されていた泉州港への観光を取り止め、一旦、泉州市内の中心街にあるホテル「泉州酒店」へと向かいました。泉州は、かつては通商の中心地であり、マルコ・ポーロも此処を訪れ、泉州の繁栄を讃えました。南宋から元朝の頃には港湾都市として発展し、遠くベトナム、インドおよびアラブまで貿易路が就航していました。海のシルクロードの拠点として発展し、漢人のほかにもアラブ人などが居住する国際都市でした。マルコ・ポーロの「東方見聞録」には「ザイトン」の名前で登場しますが、これは「刺桐」の福建語の音であると考えられています。明代には海岸線が後退し、港湾都市としての機能が振るわなくなり、厦門に交易中心地の座を譲りました。現在はアパレル関係のモダンな店舗が立ち並ぶ街へと変貌を遂げ、中国各地から多くの若者が新しいファッションを求めて集まる、活気あふれる若者の街となっていました。

午後3時、チェックインを済ませた一行は、ホテルでの休憩組と市街地散策組に分かれ、夕食までのひと時を過ごしました。散策組は近くにキリスト教の教会もある異国情緒豊かなショッピング街に繰り出し、何か良い土産物がないかとあちこち店を見て回りましたが、若者向けの品物ばかりで買物は諦め、雲行きも急に怪しくなって雷鳴が響き渡りはじめたことから、早々にホテルへと引き返しました。


泉州


午後6時30分、ホテル3階のレストランでの夕食となりました。この日の夕食は、翌30日に団長をはじめ3名の方々が帰国されるため、繰上げの「お別れ宴会」となりました。先ずは、持田団長から、今回の訪中が翌日最後の厦門訪問を残し、中国仏教協会をはじめ、各地で暖かい歓迎を受けたことに対する感謝の言葉とともに、今後とも日中友好の絆を絶やすことなく、来年も是非、訪中を実現させたい旨の挨拶があり、山田理事長の乾杯の音頭で宴が開始されました。地元特産の海・山の幸を利用した福建料理が次々と出された一行の食欲は、この日も旺盛でした。今回の福建省参拝の旅に当って、同行の李賀敏氏から四川省瀘州産の白酒「瀘州老窖特曲酒」5本が差し入れられ、当初、全部飲み切れるのかどうか心配されましたが、酒豪揃いの一行は、連日の美味しい料理を肴に、酒精度50度の白酒を見事に飲み干してしまいました。賑やかなお別れ宴会は互いの労を慰めつつの乾杯続きで、一行はすっかり酔いが回り、午後9時過ぎの遅いお開きとなりました。


ホテル



 「日中友好宗教者懇話会 北京・福建省参拝団」 報告

報告 1日目 「中国仏教協会」&「国家宗教事務局」表敬訪問

報告 2日目 「空海大師記念堂」&「空海漂着記念碑」見学

報告 3日目 福州開元寺」&「莆田・廣化寺」参拝

報告 4日目 「泉州開元寺」参拝 & 泉州市内散策

報告 5日目 「南普陀寺」参拝 & 厦門市内観光

報告 6日目 コロンス島観光 & 帰国手続き


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